教員最後の離任挨拶から


 家庭の都合で、今年で退職することになりました。教員生活最後の話となります。私は、再任用で1年間しかいませんでしたし、昨年度は3年生の授業にしか出ていませんでしたので、今の2,3年生で関わりがあった人は、生徒会の女子生徒2名と清掃班の男子生徒6名だけでした。関わりのない先生の離任の挨拶を聞いても、皆さんにはおもしろくないでしょうから、今日はAI時代にどのような生き方・学び方をすればよいのかアドバイスをしたいと思います。
 AIの話に入る前に、離任式で自己紹介というのは変な話ですが、簡単に自己紹介のようなものをさせて頂きます。私は、哲学サイト・社会科学サイト・数学サイトの3つのサイトをもっています。このうち圧倒的なアクセス数を稼いでいるサイトは、数学サイトです。数学サイトは、平日なら少ない日でも4千、多い日には2万近いアクセスを頂いています。つまり、平日であれば1日にのべで4千人から2万人の方が閲覧して下さっているということです。数学サイトといってもほとんどの方は、数学を見に来ているのではなく、多くの方に私の数学教育論を読んで頂きたいと思い、客寄せに始めたプログラミング講義を見て下さっています。プログラミング講義は、C++C言語・JavaVBVBA・ルビーなどを講義をしています。ほとんどのページはGoogleランキングで第1位または上位にランクされています。「平日なら」という言葉を2回使いましたが、土日はどういうわけか半減してしまいます。学習サイトなのに、どうして平日の昼間にアクセスが多いのか、長年の謎でしたが、あるとき会社のプログラム部門の責任者からメールが来て謎が氷解しました。学習サイトですから、てっきり学生さんが読んでくださっていると思い込んでいましたが、なんとプログラミングをする会社の社員の研修用として私のプログラミング講義が使われていたのです。つまり、学生ではなくプロのプログラマーが私のプログラミング講義から学んでいたのです。情報の免許を持ち、プログラミング歴25年ですが、プログラミングで生活しているわけではありませんので、プログラミングについては素人です。素人が作ったプログラミング講義でプロが学んでいるという不思議なことが起きていたのです。生徒の皆さんにどうしてこんな話をしたかと申しますと、私は素人とはいえプログラミングにはかなり詳しいということを皆さんに知って頂きたかったからです。因みに「数独作成ソフト」や「ナンプレ自動生成アプリ」などでGoogleにおいて検索したときに、第1位に出てくるアプリは、私が開発したアプリです。
 さて、AIに話を戻しましょう。最近しきりに人工知能とかAIと呼ばれていますが、実際には、コンピュータプログラム、すなわちコンピュータアプリに過ぎません。1部ハード的にニューロンネットワークを構成して、AIを研究している人もいますが、ほとんどのAIは、ソフト上にニューロンネットワークを、つまり仮想的なニューロンネットワークをコンピュータ上に構成しているに過ぎません。ニューロンネットワークとは、人間等の動物の脳細胞とシナプスで構成される脳のネットワークです。この脳のネットワークをソフト的に作り出しているものがAIなのです。ですから、AIのほとんどのものはアプリに過ぎないのです。コンピュータプログラムに過ぎないAIが、皆さんがよくご存じのように、最近大変力を付けてきています。昨年の今頃世界NO.1囲碁棋士といわれるイ・セドル9段を下しましたし、つい最近は将棋の佐藤天彦名人に完勝しました。完全自動運転カーもまもなく実用化されます。AIは小説を書き、絵画を描き、作曲もします。作曲のレベルは、すべてに世界的に著名な作曲家のレベルを超えていると言われます。ソフトバンクの会話ロボットペッパーは、認知症の方の話し相手になり、認知症を緩和するのに貢献しています。
 オックスフォード大学の研究によれば、現在700を越える職種の約半分が、10年から20年の間にAIに仕事を奪われてしまうそうです。同研究によれば、比較的AIに奪われない職種として、教員・看護師・介護福祉士が上位にランキングされています。ホスピタリティ、すなわち、おもてなしのある仕事、心が必要な仕事は、比較的安全とされていますが、私はこの見方について懐疑的な見解をもっています。ペッパーの話をしたのは、この見解と関連づけるためです。認知症のお年寄りにとって、人間よりペッパーのようなロボットの方が気遣いをしなくて、気楽に話せるといいます。私の妻の弟は身体障害者1級でベッドにおいて寝たきりで、下の世話も介護福祉士などのヘルパーさんにやって頂いています。弟本人に聞いたわけではありませんが、私の想像するところ人間だとどうしても下の世話をしてもらうと、申し訳ないという気持ちが強く働くので、おそらくロボットに下の世話をしてもらった方が、気が楽なのではないでしょうか。オックスフォード大学の予想より、AIの問題はより深刻であると考えています。職種の半分が10年から20年でなくなってしまうとされていますが、実際にはもっと憂慮すべき事態になるでしょう。ということは、現在この体育館にいる皆さんの半分ぐらいが10年から20年でリストラされてしまう可能性があるということです。
 AIの時代に、皆さんはどのように学び、どのように生きればよいのでしょうか。最もリストラされてしまうタイプを紹介しましょう。それは、例えば三角関数を学んだときに、「三角関数なんて、社会に出てから絶対に使わないよね。」と考える人です。直接役に立つ知識、実用的な知識をAIに組み込むことは、AI開発者すなわちプログラマーとっては、最も簡単なことです。実学系統はすべてAIに仕事を奪われてしまいます。ですから、皆さんは実用的な知識ではなく、基礎を幅広くしっかり学ぶべきです。基礎の学習というには、結局は皆さんが学んでいる普通科の勉強です。
 基礎を幅広く学ばなければならない理由は、さらに2つあります。1つは、流動性の問題であり、もう1つは創造性・クリエイティブの問題です。流動性の方から説明しましょう。AIの時代には、たくさんの職種が消えていきます。技術の進展により、職種が消えていくことは、今に始まったことでありません。産業革命が始まってから、いろいろな職種が機械などに奪われてきました。それでは、奪われてしまう度に多くの人が路頭に迷うかと申しますと、必ずしもそうではありませんでした。職種が消えるときに、新しい職種も生まれて、仕事を失った人を吸収してきました。AI時代の職種の消えるスピードは、従前を遙かに上まわるとはいえ、人類もそれほど馬鹿ではありませんから、新しい職種をつくって、失業者が巷にあふれないようにするでしょう。もちろんその職種はAIにはできない仕事です。これからの時代は、おそらく誰でも何度か職種変えを体験する時代です。職種変えの時に、狭い専門しか学んで来ていない人は対応できませんから、リストラされます。しかし、基礎を幅広く学んでいる人は、対応できますので生き残れます。基礎は応用のための基礎ですから、なんにでも応用でできます。数学・国語・理科・地歴公民・英語などの基礎をしっかり学んでおけば、新しい専門も学び直しができます。
 次に、創造性についてです。クリエイティブな活動は、発展の速いAIであっても後50年はできないとされています。ですから、AI時代を生き抜くためには創造性を身につけなければならないのです。皆さん、創造性ってなんですか。クリエイティブってなんですか。私は、異なる2つの分野が結びつくときに、創造が生まれると考えています。例を挙げましょう。日本で最初に高層ビルの建築設計を行った人の話です。高層建築の依頼をされて、地震の多い日本で如何にしたら高層ビルが建てられるだろうかと悩んでいるときに、京都で地震が起きました。おそらく政府に依頼されて、建築家は京都の様子を見に行きました。木造の建物も鉄筋コークリートのビルもたくさん倒壊していました。ところが、五重塔はびくともしていませんでした。そこで、五重塔を詳しく調べてみると、一切釘止めが使われず、左右に揺れて地震のエネルギーをうまく逃がす仕組みがあったのです。その仕組みを取り入れて日本の高層建築の夜明けを導いたのです。なぜその建築家が、木造でも倒れていない建物もいっぱいあったのに、五重塔に注目したかというと、その方は日本史が好きだったそうです。その建築家が、日本史が好きでなければ高層ビルは生まれなかったのかもしれません。理系の建築と文系の日本史が結びついたときに高層建築が生まれたのです。
 もう1つだけ事例を挙げます。リーマン予想という素数の規則性に関する研究をしている数学者が、プリンストン高等研究所の茶話会の時に、知人から、原子物理学者を紹介されました。原子物理学者は、数学者に「君はなんの研究をしているんだい?」と聞きました。数学者は、素数の規則性に関連するゼータ関数の零点の分布を表す式を示しました。原子物理学者は驚きます。なんと、ゼータ関数の零点の分布を表す式は、原子のエネルギーの間隔を表す式と同一だったのです。とても不思議なことです。整数論は、論証によってのみすなわち証明によってのみ真偽を決定できます。それに対して、原子物理学の方は、実験によってのみ真偽を決定できます。論証と実験という性質の違う分野がなぜ結びついてしまうのでしょうか。この2人の出会いは数学と物理の研究に画期をなす出来事となりました。物理学者が、リーマン予想戦線に入ってきて、リーマン予想研究は著しく進展することになりますし、原子物理学や素粒子論研究に同じく大量に数学者が入っていき、そちらも大きく進展させることになるのです。
 理系の建築と文系の日本史、そして論証の整数論と実験の原子物理学、このように全く性質の異なる2つの分野が結びついたときには、大きな創造が生まれました。AIの時代に生き抜くためには、クリエイティブに生きる必要があります。創造を生むためには、基礎を幅広く学んでおくことが必要になります。異なる2つ以上の分野が自分の頭の中で結びつく機会を作り出すためにです。ですから、先程挙げた5教科はもちろんのこと家庭科や芸術などもしっかり学んでください。
 AI時代にリストラされないためには、「三角関数なんてやってなんになるの?」という発想は捨てなければなりません。三角関数を学んだときに「へぇー、おもしろい」と思える人だけが生き残れるのです。先程例に挙げた、整数論は2500年もなんの応用分野ももっていませんでした。それは数学以外の分野への応用をもっていないだけでなく、数学の中でも整数論は応用分野をもってはいませんでした。他の分野は整数論の研究に使えるのですが、整数論は他の分野のためにはなんの貢献もしない、女王様のような分野だったのです。ところが、20世紀になり華々しい2つの応用分野を持つようになりました。1つは、先程挙げた原子物理学や素粒子物理学あるいはクォーク理論には、整数論はなくてはならない分野であることが分かって来たのです。物質の究極まで突き詰めていくと、そこに現れるのは摩訶不思議なことに素数だったのです。
 最先端物理学への応用以外の応用は、暗号理論への貢献があります。皆さんが毎日、スマホを安心して使えるのは、素数を応用したRSAという暗号理論のお陰です。整数論が提供するセキュリティによって、皆さんのプライバシーは守られていますし、企業は安心して金融を使うことができます。もし、素数の規則性に関する研究であるリーマン予想やプログラムの効率性に関するP=NP問題などが解明されてしまうと、リーマン・ブラザーズの倒産によるリーマンショックを遙かに凌駕する本当のリーマンショックが発生してしまう可能性があります。リーマン・ブラザーズの倒産によるリーマンショックは100年に1回の経済危機だといわれましたが、人類がかつて体験をしたことのない未曾有の経済危機を迎えることになるでしょう。今の社会は、金融資本主義社会であるといっていいほど、深いところまで金融が溶け込んでいます。セキュリティが破られて金融が使えない状況が来たら、何が起きるのか想像もつかないほどです。女王様であった整数論は、IT社会・金融資本主義社会を根底から支えている基盤の技術となったのです。
 三角関数なんてやって何になるの?この問が如何に意味のない問であるかがわかります。人類は、2500年間も整数論がなんの役に立つかの問に答えられなかったのですよ。女王様である整数論と違い三角関数は、当初から様々な分野に応用されて来ています。建築設計や機械設計、航空機の飛翔のメカニズム解明、音や光の性質の研究などです。さらに、窮極の応用例は、AIです。AIは高度な微分・積分や数理統計学の固まりです。微分・積分に三角関数は直接に役立っています。「なぜ学ぶのか」の問に対するその答えは、もっと勉強しなければ分からないのです。だから、「なぜ学ぶのか」という問に対して「おもしろいから学ぶ」でいいじゃないですか。肉体労働やマニュアルに基づく定型的な仕事、すなわちルーチンワークは、すべてAIに奪われ、高度な頭脳労働、創造的な頭脳労働だけが仕事として残るのです。知ること自体に喜びを感じられる人のみがAI時代の勝利者になるのです。
 赤ちゃんは、1日を4つに区切り、日本語の時間帯、英語の時間帯、ドイツ語の時間帯、中国語の時間帯で過ごさせると2年もかからずに、4つの言語を習得してしまうそうです。この驚異的な能力の正体は知的好奇心です。皆さんにアニメの言葉を贈ります。「生きることとは知ることなのだ」。今、知的好奇心を枯らしている人でも、赤ちゃんの時には、知的好奇心で一杯でした。是非とも、赤ちゃんの時の知的好奇心を取り戻して、AI時代に幸せに生きていってください。では、皆さん頑張ってください。